こんにちは。クランコです。
あなたが今悩んでいることはありますか?
誰しもがこの複雑な現代社会を
何かしらの悩みを抱えながら生きていると思います。
もし仮に悩みが一切ないという方はこれから先は見ないでください。
この本は満員電車なんか降りてやりたいことをしよう
などというありきたりなものではありません。
一人一人違った悩みを持った主人公数人が
ある劇場の支配人に悩みを相談し、解決に導いていくという
物語集になっています。
自分自身と向き合える本です。
主人公は、「成功したい会社員」
「自分を好きになれない女優」「やりたいことが見つからない男性」
など皆さんにも当てはまる悩みを抱えています。
その悩みを劇場の支配人が毒舌かつ的確に
紐解いていきます。
前置きはこの辺にして要約に移ります。
夢は持たなければならないのか
この章は、夢ややりたいことがなくて焦っている
瞬という男性が主人公です。
同期で入社し6年間一緒に働いてきた茉莉が
会社を辞め夢だったイラストレーターになることを聞き
うれしさや寂しさ、羨ましさなどが
複雑に入り混じった感覚に陥ると同時に
自分にはやりたいことがないと焦っているところに
その支配人と出会うという話です。
「このままではいけない」「何者かにならなければいけない」
と思っている人は多いと思います。
なぜ「今のままではいけない」と考えるのか。
なぜ「夢がないと不安で焦ってしまう」のか。
原因はこの社会にあります。
誰しもが、小学生,中学生で「将来何になりたい?」
という質問をされたことがあると思います。
質問した側は悪気なく聞いていますが
子供は「何になりたい?」と聞かれたら
「何か答えないといけない」と感じてしまいます。
それで「野球選手」や「お花屋さん」など
肩書や職業名で答えてしまいます。
この原体験が「自分は何かにならなければならない」という
強迫観念を植え付けられる原因です。
そこで大事なことは「大人になったら何になりたいか」
ではなく「大人になったらどうありたいか」を考えることです。
どうありたいかを考えると「優しい人」や「落ち着いた人」
「自由になりたい」など答えが職業名ではなくなります。
今夢ややりたいことがない人はしっかり自分と向き合い
「自分がどうありたいか」自問自答してみてください。
また現在、小さなころ抱いていた夢に向かって頑張っているけれど
何か違うなと感じている人は肩書や職業に縛られているかもしれません。
大切なのは自分がどうありたいかです。
比較でしか価値を決めれない人が多い
人は自分の価値を他人との比較で決めてしまうことが多いです。
「あの人よりお金を持っている」「あの人より美人だ」
「世間から見て勝ち組と思われる職業についている」
これらすべては他人との比較によるものです。
物事を分割し、それによって比較を生み出すという価値観が存在します。
それによってあなたの「本当に欲しいもの」が見えなくなってしまいます。
例えば一つのクッキーを二つに割ったとします。
左手のより右手のクッキーのほうが大きいな
これが比較です。
「大きいほうがいいクッキー」で
「小さいほうはよくないクッキー」だと考えます。
しかしこの価値基準は本当に正しいものですか?
甘いものが苦手な人からしたら
小さいほうが「いいクッキー」なのかもしれません。
このようにある人にとっては「いい」ものでも
別の人にとっては「悪い」かもしれません。
そう考えると物事には本来「いい」も「悪い」も
「上」も「下」も存在しないのです。
なのに多くの人は「比較」によってあらゆるものを判断します。
大切なことはそれが自分の本当に欲しいものか
比較なしで考えることです。
自分の価値を下げているのは自分自身
「人からバカにされたくない」
「人から見下されず、羨ましられたい」
と考えている人は多いのではないでしょうか?
物語の主人公である翔太も同じように
「バカにされたくない」と考えていました。
そのように考える原因が過去の出来事にありました。
当時中学生だった翔太はサッカー部に入っていました。
翔太はみんなの前でその部のキャプテンにバカにされ殴られました。
当時の翔太にとっては学校が唯一の世界でした。
なのでそれまで必死に下に見られないように行動していました。
下に見られたらそこからいじめが始まると恐れていました。
みんなの前でバカにされ
「同世代の人間より下だというレッテルを貼られた」
「自分の価値は下がった」と翔太は思っていました。
しかしこれも「上」か「下」かという比較に元づいています。
本質的な存在価値は変わっていないのです。
これは他人に置き換えて考えてみるとわかりやすいです。
例えばあなたの友人が突然街中で殴られ、罵倒されたとします。
あることないことその友人を否定する言葉を言われました。
その友人に「お前は人からバカにされたからもう終わりだ」
「一生バカにされるべき人間だ」などと声を掛けますか?
答えは「No」だと思います。
友人の価値は他人から何をされようと何を言われようと
決して揺らぐものではありません。
なのに自分のことになると
「自分はバカにされるべき人間だ」と
自分自身の価値を下げてしまうのです。
つまり自分の価値を下げるのは自分しかいないということになります。
以上が地平線を追いかけて満員電車を降りてみたの要約です。
ほかにも自分と向き合うための内容がたくさん書いてあります。
興味があればぜひ購入してみてください。
地平線を追いかけて満員電車を降りてみた 自分と向き合う物語 [ 紀里谷和明 ]
コメント